空想科学読本4 宇宙で戦うアムロとシャア。展開されるのは、複雑怪奇な密着戦! の 珍理論

 前から書くつもりで、なかなか書き上げなかった物を、ようやく書き上げた、『空想科学読本4』の『機動戦士ガンダム』の宇宙空間でのMS戦闘についての、文章。
 もちろん、宇宙空間で人型ロボットでわざわざ戦うのは、厳密に科学的に考えるとまずありえないわけですし、さらに、アニメ本編なども、演出として意図的に正しく表現していない部分や、本気で間違えている部分もいろいろあるわけです。しかし、それに対して「科学的」に指摘しているはずの柳田氏の文章の方が、科学的のよほど問題が多い代物。
 以下、その柳田氏の間違いを、うっかり信じ込んでいる方のための、覚書として。

「怪しい軍人」「宇宙は無重力

 まず最初のシャアの格好が変という指摘は、まあいいです。後から、最近の『ジ・オリジン』版にいたるまで色々フォローはされていますが、やはり根本的に変というのに変わりは無い。ヘルメットの角の先端を、いちいち鋭利に解釈する、いつもの柳田理論など、軽い問題はありますが。
 しかし、その下の脚注の部分で、柳田氏は、いきなり、致命的な科学的間違いをしている。
 柳田氏は、地球から300km程度しか離れていないスペースシャトルなどが、無重力状態なのは、地球の周囲を回る遠心力が、地球の重力と釣り合っているから.......と説明していますが、完全に間違い。
 柳田氏が説明しているのは、あるものが他の天体の周りを一定の軌道でまわりつづける原理(地球に対する月や人工衛星、太陽に対する各惑星など)。
 無重量状態(重力がなくなっているのではないので正しくは、こう言う)になる理由は、「自由落下状態だから」。知らない方には、感覚的にわかりづらいかもしれませんが、地球の周りをまわっている人工衛星や宇宙船は、見方をかえると、際限無く落ちづづけている状態でもある。
 柳田氏の説明がおかしい事が、すぐにわかる、よく知られた事例があります。それは、地球の大気圏内の空で、飛行機を自由落下速度と一致させて垂直降下させて、無重量状態を作り出す事。この場合、地球の重力と外向きの力が釣り合っているどころか、真っ直ぐ引きつけられています。しかし無重量状態
 さらに柳田氏は、ガンダムの舞台では、地球の周囲を回りつづける遠心力が、重力とつりあって、無重力状態になっているという、珍理論を述べる。
 こんな基本的な事を、出だしで間違えて、宇宙空間での戦闘について述べようとする柳田氏......

「自分の速度がわからない」

 柳田氏は宇宙空間のMS戦闘で「地上と違って、速度を量る基準が無い、相対速度の世界」「ミノフスキー粒子散布下では、レーダーが使えないから、お互いの相対速度を知るすべが無い」とし、「敵に接近しようとしたら大激突といった事故が続出する危険性がある。連邦軍ジオン軍もとっとと講和をした方がいいぞ」と結論付ける。
 ......柳田氏は、距離を測る方法がレーダーしか思いつかないらしい。それに、後の方でも指摘しますが、柳田氏、探知装置の類について、全くの無知。
 作中の描写や、それほど無理のない推論だけでも、レーダーほど便利ではないですが、距離や相対速度を測る方法はいくつもある。

目測:
 最も基本的な方法。MSならコンピュータによる映像解析も含まれる。
 戦闘時なら、自分自身か近くにある何かを基準にした、相手との相対速度を計るには、問題はない。
 また、通常航行なら(可能なら戦闘中も)、地球や月、太陽等の天体を基準に、計測すればいい。
 ところで柳田氏、レーダー普及以前の戦闘機の空中戦も成立しないとお考えでしょうか。地球上での空中戦でも、まるで宇宙に放り出されたように、空間感覚が混乱す事はざらにあるのですが。

赤外線など:
 レーダーに次ぐ定番の探知方法。
 ただ、ミノフスキー粒子は赤外線もある程度妨害するという説もあります。

レーザー距離測定:
 対象に測定レーザーをあてて距離を測る。レーダーと違って指向性を持って相手にあてなければならないが、相手との距離も、そこから計算しての速度も測定できる。
 なお、ガンダム世界では、ミノフスキー粒子散布下での通信にもレーザーが使われる。

 なお、誤解している方も多いですが、ミノフスキー粒子は電波を、何時如何なる時も完全に妨害するわけではありません。散布されていても、粒子の濃度が薄いと、ノイズ交じりながら多少は使えますし、ミノフスキー粒子が無い状況もある。だから、MSなども、電波を使うレーダーや通信機なども装備しているし、使える状況なら使う。

赤い彗星、逆立ちで迫る!」

 この項の出だしで柳田氏は、「お互いを発見したとき、加速して接近するのは、激しい勢いでぶつかる事になるから危険。減速しなければならない」と主張していますが、想定している状況がおかしいので、完全に間違いではないが、半ば見当違い。
 なぜなら、大抵の場合MSは、実際の本編みればわかるように、距離の開いた状態で、まずビームライフルやマシンガンなどの「火器」で攻撃するのに、柳田氏は、いきなり殴る蹴るの格闘戦をする事を想定している。
 さらに、「宇宙には上下が無いのだから、お互い上下逆になっている事が充分にありうる!」と言いますが......柳田氏が主に例にあげている、ガンダムシャアザクの戦闘で、実際にそういうシーンがあるのですが。なお、こうした上下混在シーンが少ないのは、画面の見易さというアニメとしての都合ですね。しかし、製作者側はわかって入るので、しばしばそういうシーンがある。
 ここに限らず、柳田氏は、作中で描写されている事を、なぜか無視したり、自分の考察で発見したかのように書く事を、色々としている。
 さらにいえば、航行時や接敵などに、位置等の把握を容易にするため、適当な物(地球や、近くのスペースコロニー、宇宙要塞など)を基準にして向きをそろえる......といった程度の、発想の広がりも無い。

「投げるな、殴るな、蹴るな」

 さらに柳田氏は(火器の存在を無視して)MSの格闘戦について、さらにおかしな事を書き連ねる。
 投げつける地面がないので投げ技は効かないし、パンチは足を踏みしめる地面が無いので、体重が乗らないと柳田氏は論じますが......
 実際の作中のガンダムシャアザクの格闘、あるいは映画版には収録されていない旧ザクのショルダータックル等を見ると、相手に向かって突っ込んで、その運動エネルギーを載せてパンチやキック、タックルなどを決めています。しかしなぜか柳田氏は、その事について全く言及しない。それどころか、一つ前の項で、「相対速度差が付いた状態で接近すると激しい勢いでぶつかってしまう」と自分で書いているのに、その事を忘れている。
 さらに、宇宙でパンチをすると相手はゆっくり離れていき、それを追いかけなければならない、と柳田氏は論じますが......実際の作中シーンを見ると、「シャアザクガンダムにパンチを食らわせて、ガンダム、激しく吹っ飛ぶ。ガンダム、ロケットを噴かして止まるが、その瞬間、加速して追いかけてきたシャアザクが目前まで来て、さらに追い討ちのキックを加速を乗せてくらわせる」というものですが、どうも、柳田氏の脳は、これを認識できないようです。

アムロ、回りま〜す」

 ここでようやく、「こうなったら、武器に頼るしかない」と、火器について述べだしますが、ガンダムについては、ビームライフルやハイパーバズーカではなく、なぜか補助兵装の頭のバルカン砲。比較に持ち出すザクについては主兵装のザクマシンガン。......貶めるためだけの意図が実に露骨ですね。
 柳田氏は、ザクマシンガンについて論じだしますが、120mmを人間サイズで考えると、1/10だから直系1.2cmの弾丸を撃ちだすようなものと言い、比較に持ち出すのは、アーマライトM-16ライフル。
 ええと、ザク”マシンガン”というぐらいですから、普通は、機関銃と比較する物では?どうも柳田氏は、小銃(ライフル)と機関銃(マシンガン)の区別がついていないらしい。
 とはいえ、ザクマシンガンが120mm口径というのは、大きすぎるのは事実。人間サイズの1/10サイズで考えれば車両に据え付ける重機関銃クラス。ブローニングM2で、全長160cm、重量38kg*1
 さらに、寸法が十倍でも、重量は単純に1000倍で、さらに撃ちだす運動エネルギーも反作用も変わるので、単純に歩兵用火器を10倍して比較はできない。......ここで、柳田氏の比較例のさらなる問題が明らかに。120mm口径なら、90式戦車などの現代の主力戦車の一般的な口径と同じなのですから、変に歩兵用火器と比較するより、そちらと比較すればいい。しかし柳田氏は、そんな発想を思いつかないらしい。
 さらに、ガンダムの頭部バルカンの弾速等もM-16ライフルと比較して検証しようとしていますが......「バルカン」という名前なのだから、普通、戦闘機のバルカン砲と比較する物では?また、柳田氏は、「画面を止めてみると弾丸は10m間隔ぐらいで飛んでいる。速度がM-16の弾丸と同じとすると、一秒間に95発という恐るべきペースで撃っている事になっている」という、物凄く恣意的に計ったっぽい数字を持ち出す。普通、銃口から発射されているカットで数えるものでは。なお、私も、ザクマシンガンやガンダムのバルカンの発射速度を数えようとしてみた事もありましたが、シーンごと、カットごとにまちまち。そして、脚注でも「マシンガンが一秒間に10〜12.5発。その8〜9.5倍とはスバラシイ」と書いていますが......この比較のとおり弾丸のサイズを考慮せず連射性能だけを問題にするなら、アメリカの戦闘機で主に使われているM61A1バルカンは1秒間で100発。比較例を間違えると、こんなおかしな事になる。

 さらに、柳田氏は、ザクは体の正面でマシンガンを撃つのに対し、ガンダムは重心から外れた頭で撃つので、重心を中心に回転してしまうと論じる。そして、それを止めるためのスラスターは、背中と”胸”についているから、頭側からの回転を止められる位置にないと論じますが......ガンダムの胸についているのは吸排気口!ガンダムのメインロケットモーターは、背中と”足の裏”についている。足の裏を正面に向けて噴射すれば、柳田氏の論理展開に準拠しても、問題ない。足の裏のロケツトモーターの事を考えないにしても、背中のロケットノズルの可動や、手足の振りによる反作用の利用(ここからMS独自の姿勢制御AMBACという追加アイデアが出てきた)などを考えると、柳田氏の言う「いつまでもまわりつづける」という事にはならない。
 さらに、現在のガンダム関連の多くで主流になっている考え、「初代ガンダムでは、細かい姿勢制御バーニアなどが、省略されて作画されている。実際には細かいバーニアがある」という考えを導入するなら、さらに問題はなくなる。事実作中でも必要事にサブバーニアが描かれていたり、初期ガンダムブーム当時の『ロマンアルバム』等のムック本でも、姿勢制御バーニアがいくつかある事が書き添えられていたりしていた。

「正しいモビルスーツとは」

 最後に柳田氏は、「正しいモビルスーツ」を提示しようとしますが、ここでも、「ビームの打ち合いは無味乾燥」「格闘する」という、最初からおかしな方向になるような前提から、論じる。
 そして、「敵の位置と距離を測定するための”レーダー”を搭載する」と言い、「赤外線やX線を利用する」と言いますが......柳田氏はレーダーがそもそも、どういう物かわかっていない。レーダーというのは、電波の反射で位置や距離を把握する物。赤外線センサーなら、相手から放射される赤外線を探知する物で、レーダーと全く別物。しかし、柳田氏の脳内では、赤外線を相手に向かって放射して、その反射で探知するセンサーというのが存在するらしい。X線を使うというのはもっとわかっていない。なぜならX線というのは透過性が高い。だから体内などを映すレントゲン写真に使われるのであって、反射を利用するレーダーには使えません。
 それに、レーダーでなく、パッシブ(受動)センサーとしてなら、赤外線センサーぐらいは現代の兵器ですら珍しくない装備。
 最後の最後で、実に非科学的。
 それに、初期ブーム当時のガンダムの今では古臭くなった内部図解ですら、目の部分には照準器用カメラと一緒に「レーザ、電磁波センサー」、襟の黄色い部分には「全周波数センサー」が描かれているんですが。柳田氏の「科学」は、20年以上前のロボット内部図解にすら劣っています。

最後に

 ところで、MSの格闘戦に、強引にでもこだわろうとしているのに、ビームサーベルやヒートホークの話が、まったく出てこないのはなぜ?
 どうも柳田氏の脳内では、銃が発明される前の武士や騎士は、戦場で、刀や槍をつかわず、ひたすら素手で戦う事になっているようです。
 

*1:2005/11/7深夜訂正:第二次大戦前のアメリカのギャングが使っていたので有名な、トミーガンが、個人で手に持って使えるサイズで、弾は直径12mm近く、ドラムマガジンまで付いていて、ザクマシンガンにかなり似た感じでした。失念