機動戦士Ζガンダム

第1話『黒いガンダム
第2話『旅立ち』
 りなもさんのところが、『機動戦士Zガンダム』の観賞記を始めたので、それにあわせて再観賞開始。
http://www.asahi-net.or.jp/~RG8S-SZK/hobby/hobby.htm

 一話、二話を久しぶりに見返すものの.....カミーユに関する作劇の描写が、衝動の部分ばかり描いていて、正直、無茶苦茶。
 本放送以来の自身や他人の経験や感想で、カミーユが、各分野に天才的な才能はあるもの、家庭環境には恵まれず、神経質で、非常にナイーブかつ衝動的な問題児として全編描かれていると言うのは、既にわかっていますから、そこから逆算すれば第一話、二話のカミーユの行動も、まあわかります。
 しかし、そういう知識を無しにカミーユの行動を見ると、少し名前の事で笑われただけで他人に殴りかかり、逆恨み的にティターンズへの復讐を考え、ガンダムmk2を奪って真っ先にやる事は恨みのある相手を脅して嘲り笑う事で、あげくになぜかエウーゴに積極的に同行という、わけのわからない行動。さらにニュータイプの素質描写が、かえって、カミーユの行動を作劇的に正当化したいのかどうか、混乱に拍車をかけている。

 主人公がフラストレーションから衝動的行動をとるという話自体はいいですよ。しかしそれなら、ジェリドに殴りかかった少し後か、せめて第二話で、フラストレーションの元を描かないと。たとえば、家庭環境が劣悪でいっておらず、その元が両親の勤務するティターンズであり、両親への不満がそのままティターンズへの不満に直結しているというようなことを描写するとか。
 また、反感をもたれて当然と視聴者に得心させるための、ティターンズの横暴さを描くのが、自体が一段楽してからの第二話の後半というのも変では。なにしろ、それまでのもっぱらカミーユに対するティターンズの強圧的な態度は、カミーユの自業自得なわけですから。

 たとえば、同じ富野監督作品で、Ζ第一話、二話と非常によく似た話しの流れである『キングゲイナー』第一話だと、主人公ゲイナーは無実の罪でシベ鉄によって有無を言わさず投獄されて、シベ鉄に不満をもっているところに、ゲインに男気を刺激されて、ゲインに協力するというように、「理不尽な虐待」−>「フラストレーション」−>「反撃」という、筋道の通った構成になっていました。

 あるいは、カミーユの行動をとにかくわけのわからない物として描いて、ブライトとかに「アムロの再来」なんて肯定するような事はいわせずに、「あいつは何を考えているのかわけがわからない」と、視聴者の否定的な疑問を代弁させるとか。